足りないものを考える

こんばんは!nclsです。
今日は飴を咥えています。
今朝注文していたCD3枚がやっと届いたので機嫌がいいです。

最近は間を開けず絵を描くことに追われていて、我ながら充実している感じがするー!なんて思っています。
必要に迫られて描くことはなんだか使命感に燃える感じがしてとてもやりがいがあるのですが、どうしても完成させるということに意識が行ってしまって
肝心の中身、何が描きたかったのかということが抜け落ちてしまうときがあり、未熟さをひしひしと感じる秋の夜長だったりします。
一枚の絵に対して一貫したポリシーを持つということはとても大事なことだなあと。

たとえ何百年と時を経た歴史的名画でなくとも、ただの画像データからでもその裏にある熱意や思いは透けて見えてくるものなんですね。
技術的な感動ももちろんありますが、その絵から何か強い思い、その絵を描いている時の描き手のメンタル状態なんかが感じられるとなんだかすごいものを見てしまった!これが心を動かされるということなのかな、なんて思います。そんな機会が最近ありました。
もちろん絵以外のことにも言えることだと思います(´`)
おそらくずーーっと昔から言われているある意味常識のようなことなんでしょうけど、私自身ちょっと捻くれた見方をしてしまう奴だったので気づけたのはごくごく最近のことです・・・。
素直になるのって大事。うん。

自分の過去の絵から読み取れることも多いんですね。
気恥ずかしいのもあって、過去の絵はほとんど見返さないんですが、ポートフィリオなんかを作るときはさすがに見返さないわけにはいきません。
最大限の薄目で採用できる絵を探していたんですが、そのとき思ったのが、どれだけ昔の絵でもそれを描いたときの気分だとか、その絵にまつわる出来事は案外覚えているものだということ。今まで全く思い出さなかったようなこともポンとでてきます。
私、よっぽど強い印象のある出来事じゃないとなかなか思い出せないようなメモリ貧弱人間なうえに日記を書く習慣は3日と続いたことのない過去は振り返らない(れない)主義者だったんですが、唯一続く絵という習慣が案外日々の記録になったりもするのだなあと感慨深く思ったのでした。

レポート記事が二つ続いたので今日は雑談!
ncls


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